更新日: 2024年10月22日
QMS基礎

【専門家監修】医療機器のQMS(品質管理監督システム)とは?

医療機器のQMS(品質管理監督システム)とは?

この記事の監修者

居原 範道

医療機器QMSコンサルタント

居原 範道

QMSの定義と法体系

医療機器のQMS(品質管理監督システム)は、製品の品質を保証し、安全かつ有効な医療機器を市場に提供するための枠組みです。日本においてQMSは、「医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令」(QMS省令)に詳細に規定されています。このQMS省令では、医療機器の設計、製造、および出荷の各段階において遵守すべき品質管理要件を定めています。

ここで、省令とは法令、政令の下に位置する規範であり、具体的な運用指針を提供するものです。QMS省令を含む法体系は、上から順に以下のように構成されています。

通達・通知、事務連絡、PMDA通達は、毎月のように発出されるため、QMSの担当者は常に最新の情報を入手することも重要な役割のひとつです。


なぜQMSが必要なのか

QMSの目的は、医療機器の品質と安全性を維持し、患者の健康と安全を守るために「保証されたものづくりの仕組み」を構築することにあります。医療機器の開発、製造、市場流通の過程では、不具合などの問題が発生する可能性は常に存在します。QMSは、そうした問題が発生した場合に:

  1. 速やかに問題を特定し
  2. 適切に是正して被害を最小限に抑え
  3. 同じ問題が再発しないように改善策を講じる

という一連の仕組みを提供します。これこそがQMSの最も重要な役割と言えます。

具体的には、主に以下のプロセスを通じてQMSの目的を実現します:

  1. 設計・開発管理:医療機器の設計および開発プロセスを厳格に管理し、品質要求を満たす製品を設計します。
  2. 製造管理:製造プロセスを綿密に管理し、一貫した製品品質を維持します。
  3. 供給者管理:部品や材料の供給者、QMSに影響を与えるサービス供給者を適切に評価・選定・管理し、原材料を含めた製品の品質・安全性の確保を図ります。
  4. リスクマネジメント:製品のリスクを包括的に評価し、適切な対策を講じることで、安全性を向上させます。
  5. 市販後監視:製品の市場導入後も継続的に性能と安全性をモニタリングし、必要に応じて是正を行います。

これらの活動を通じて、QMSは医療機器の信頼性を高め、規制要件への適合を保証すると同時に、患者の安全を最優先に考えた製品開発と提供を可能にします。

医療機器のQMSは、規制要件であることに注意が必要です。

様々な業態で採用されているISO9001のQMSは顧客満足度の向上を図るために継続的に改善を行うことを求めていますが、医療機器のQMSは顧客要求事項の達成が継続的に有効であることを求めています。

つまり、顧客要求事項に含まれていない顧客満足度の向上を図るための改善は求められておらず、それは企業判断で決定してよいことになります。


QMSの具体例

※本記事で紹介している具体例や数値は、説明のために作成したイメージであり、実在の企業を基にしたものではありません。

医療機器業界における成功事例

ある中堅の医療機器メーカーの事例を紹介します。この企業は、効果的なQMSの導入により、品質向上と事業拡大を同時に達成しました。

企業概要:

  • 主要製品:血糖測定器
  • 従業員数:約300名
  • 年間売上:80億円

QMS導入のアプローチ:

  1. トップマネジメントのコミットメント: 経営陣が品質方針を明確に定義し、全社的な品質目標を設定しました。
  2. リスクアプローチの導入: 製品ライフサイクル全体を通じたリスク管理プロセスを構築し、製品の品質、安全性に与える影響の大きさを考慮したうえで設計開発から市販後監視まで一貫したリスク評価を実施しました。
  3. プロセスアプローチの採用: 組織の活動を相互に関連するプロセスとして捉え、各プロセスの責任者を明確にし、パフォーマンス指標を設定しました。
  4. データ駆動型の意思決定: 品質データの収集と分析を強化し、統計的手法を用いた品質改善活動を推進しました。
  5. サプライヤー管理の強化: 主要サプライヤーとの協力関係を深め、品質要求事項の共有と定期的な評価を実施しました。
  6. 従業員教育の充実: 全従業員を対象とした品質意識向上のため、QMS業務に必要な知識、経験、資格等を元にした教育プログラムを実施し、部門ごとの専門的なトレーニングも強化しました。
  7. 継続的改善の仕組み構築: CAPA(是正処置・予防処置)システムを効果的に運用し、問題の根本原因分析と再発防止策の実施、ならびに未然防止策の実施を徹底しました。
  8. 文書管理システムの刷新: クラウドベースの文書管理システムを導入し、手順書や記録の管理を確実、かつ効率化しました。

結果:

  • 製品品質の向上:不良品率が前年比40%減少
  • 顧客満足度の向上:顧客クレームが30%減少
  • 効率性の改善:製造リードタイムが20%短縮
  • 規制対応の円滑化:FDA査察でゼロ指摘を達成
  • 海外展開の加速:欧州と東南アジア市場への展開が実現し、海外売上が倍増
  • 従業員の意識向上:従業員満足度調査で品質関連スコアが35%向上

この事例は、QMSを単なる規制要件の遵守ツールではなく、事業戦略の重要な要素として位置づけることの重要性を示しています。全社的なアプローチとデータ駆動型の意思決定が成功の鍵となりました。

医療機器業界における失敗事例

次に、ある新興の医療機器メーカーの失敗事例を見てみましょう。この企業は、QMSの重要性を軽視し、結果として深刻な問題に直面しました。

企業概要:

  • 主要製品:ウェアラブル心拍モニター
  • 従業員数:約100名
  • 年間売上:30億円

QMS導入の失敗要因:

  1. トップマネジメントの無関心: 経営陣がQMSを単なる規制要件と捉え、積極的な関与を避けていました。
  2. リスク管理の不足: 製品のリスク評価が不十分で、潜在的な安全性の問題を見逃していました。
  3. プロセスの標準化不足: 部門ごとに前後の関連プロセスとの連携を無視した手順で業務を行っており、一貫性のある品質管理ができていませんでした。
  4. データ管理の不備: 品質データの収集と分析が体系的に行われておらず、問題の早期発見ができませんでした。
  5. サプライヤー管理の甘さ: コスト重視でサプライヤーを選定し、品質面での評価が不十分でした。
  6. 従業員教育の不足: QMS業務に関する従業員教育が不十分で、多くの従業員がQMSの重要性を理解していませんでした。
  7. 変更管理の不備: 製品設計、部品や製造プロセスの変更が適切に管理されておらず、予期せぬ品質問題を引き起こしていました。
  8. 文書管理の混乱: 文書管理システムが整備されておらず、旧版の手順書を使用していたり、品質記録の特定が困難でした。

結果:

  • 重大な製品リコール:心拍数の誤測定により、数千台の製品をリコール
  • 規制当局からの警告:PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)から適合証明書が発行されず、製品の生産停止を命じられる
  • 財務的損失:リコールと生産停止により、年間売上が40%減少
  • 評判の低下:メディアで大きく取り上げられ、企業イメージが著しく損なわれる
  • 訴訟リスク:誤測定により健康被害を受けた患者からの集団訴訟の可能性
  • 従業員のモラル低下:品質問題と会社の将来に対する不安から、主要な人材が流出

この失敗事例から学べる教訓:

  1. QMSはトップマネジメントのコミットメントから始まります。品質は組織全体の責任です。
  2. リスク管理は製品の安全性確保に不可欠です。潜在的リスク、事前に想定できなかったリスクを特定し、適切に管理する必要があります。
  3. プロセスの標準化と一貫性は、安定した品質を確保するための基本です。
  4. データに基づく意思決定は、問題の早期発見と継続的な有効性維持に重要です。
  5. サプライヤーの品質管理は自社の製品品質に直結します。適切な評価と管理が必要です。
  6. 従業員教育は品質文化の醸成に不可欠です。全従業員がQMSの重要性を理解する必要があります。
  7. 変更管理は品質リスクを最小限に抑えるために重要です。全ての変更を評価し、検証する必要があります。
  8. 効果的な文書管理システムは、一貫性のある業務遂行と規制対応に不可欠です。

この事例は、QMSを軽視することの危険性を示しています。適切なQMSの導入と維持は、医療機器メーカーの存続と成功に直結する重要な要素であることを認識する必要があります。


QMSをどのように構築するのか

はじめてQMSを構築する企業がどのようなステップで構築していけばいいのか解説します。

ステップ1:品質方針の策定

企業の経営陣は、組織の目的と方向性に合致した品質方針を策定し、全従業員に周知徹底します。品質方針は:

  • 企業の品質に対するコミットメントを明確に示す。
  • 具体的で測定可能な品質目標を設定する。
  • QMSの継続的な有効性維持への取り組みを明示する。

品質方針は、QMSの基盤となり、全ての品質関連活動の指針となります。

品質方針を達成するための具体的な中長期目標が品質目標となります。

ステップ2:組織の構築

QMSを効果的に運用するための組織体制を構築します:

  1. 管理責任者の任命:QMS全体を統括する責任者を任命
  2. 品質保証部門の設置:専門的知識を持つスタッフで構成されるQMSの運用部門を設置
  3. 各部門の役割と責任の明確化:製造販売三役(総括製造販売責任者、国内品質業務運営責任者、安全管理責任者)、ならびに設計、製造、販売など各部門のQMSにおける役割を明確に定義
  4. クロスファンクショナルチームの編成:部門横断的なQMS活動を推進するためのチームを編成

ステップ3:プロセスの定義と文書化

QMSに必要なプロセスを定義し、文書化します。主要なプロセスには以下が含まれます:

  • 設計・開発管理プロセス
  • 製造プロセス管理
  • 供給者管理プロセス
  • 製品管理プロセス
  • リスクマネジメントプロセス
  • 内部監査プロセス
  • 是正・予防措置(CAPA)プロセス
  • 文書・記録管理プロセス
  • 教育訓練プロセス

各プロセスは、手順書、フローチャートや記録様式などで要求事項を文書化し、全従業員が一貫して適用できるようにします。これにより、QMS活動の透明性と再現性が確保されます。

ステップ4:教育と訓練

QMSの効果的な運用には、全従業員の理解と協力が不可欠です。そのため、包括的な教育・訓練プログラムを実施します:

  1. QMSの基本概念と重要性に関する全社教育
  2. QMS業務運用に必要な知識、経験、資格(力量)の明確化
  3. 各部門・職位の力量に応じた専門的なQMS教育
  4. 具体的な手順やツールの使用方法に関する実践的トレーニング
  5. 担当業務の定期的な理解度確認とリフレッシュ研修の実施

適切な教育と訓練を受けた従業員は、QMSを効果的に運用するための鍵となります。

ステップ5:QMSの導入と評価

定義されたプロセスを実際に運用し、その効果を定期的に評価します:

  1. パイロット導入:特定の部門や製品ラインでQMSを試験的に導入
  2. 全社展開:パイロット導入の結果を踏まえ、QMSを全社的に展開
  3. モニタリングと測定:定義された品質指標(KPI)を用いてQMSの効果を測定
  4. 内部監査の実施:QMSの適合性と有効性を確認し、改善点を特定
  5. マネジメントレビュー:経営陣によるQMSの評価と改善方針の決定
  6. 改善の実施

これらのステップを通じて、企業の実情に合ったQMSを構築し、継続的に改善(有効性を維持)していくことが可能となります。


QMSの効果的な運用方法

モニタリングと評価方法

QMSを効果的に運用するためには、継続的なモニタリングと評価が不可欠です。以下に主要な方法を示します:

  1. パフォーマンス指標(KPI)の設定と追跡:
    • 製品品質指標(不良品率、顧客クレーム数など)
    • プロセス性能指標(製造サイクルタイム、歩留まりなど)
    • システム有効性指標(内部監査での指摘事項数、CAPAの有効性など)

    これらのKPIを定期的に測定し、トレンドを分析します。

  2. 内部監査プログラム:
    • 計画的な内部監査の実施
    • プロセスベースの監査アプローチの採用
    • 監査結果の分析と是正事項の特定
  3. マネジメントレビュー:
    • 定期的なマネジメントレビューの実施
    • QMSの有効性評価
    • 改善のための資源配分の決定
  4. 顧客フィードバックの分析:
    • 顧客要求達成度調査の実施と分析
    • 苦情データの傾向分析
    • Voice of Customer(VOC)プログラムの実施
  5. プロセス分析:
    • 主要プロセスの能力評価
    • プロセスマッピングと最適化
    • ボトルネックの特定と改善
  6. リスク評価の定期的な見直し:
    • 製品リスクの再評価
    • 新たなリスクの特定
    • リスクコントロール措置の有効性評価
  7. サプライヤー評価:
    • サプライヤーの定期的な監査
    • サプライヤーパフォーマンスの評価
    • サプライヤー品質会議の開催
  8. 教育訓練効果の評価:
    • 教育プログラムの有効性評価
    • 従業員のコンピテンシー評価
    • 教育訓練結果の効果測定
  9. 変更管理の有効性評価:
    • 変更後の影響評価
    • 変更プロセスの効率性分析
    • 事後報告変更に関連する不適合の追跡
  10. CAPA有効性の評価:
    • QMSプロセスごとの是正措置・予防措置の発生傾向
    • 根本原因の要因分析
    • 問題の再発状況

これらのモニタリングと評価方法を組み合わせることで、QMSの有効性を継続的に確認し、必要に応じて改善を図ることができます。

よくある課題とその対応方法

QMSの運用には、いくつかの一般的な課題があります。以下に主な課題とその対応方法を示します:

  1. 文書管理の負担:
    課題:膨大な文書の管理が煩雑で時間がかかる。 対応:
    • 電子文書管理システムの導入
    • 文書体系の最適化と簡素化
    • 文書のライフサイクル管理の自動化
  2. 形式主義への陥り:
    課題:QMSが形式的なものとなり、実質的な改善につながらない。 対応:
    • プロセスアプローチの強化
    • 品質目標と事業目標の連携
    • 従業員参加型の改善活動の促進
    • CAPAの進捗管理
  3. リソースの制約:
    課題:QMS運用に必要なリソース(人員、時間、予算)が不足している。 対応:
    • リスクベースアプローチの採用によるリソースの最適配分
    • 自動化ツールの導入による効率化
    • クロスファンクショナルチームの活用
  4. 従業員の理解と関与の不足:
    課題:従業員がQMSの重要性を理解せず、積極的に関与しない。 対応:
    • 効果的な教育訓練プログラムの実施
    • QMSの成功事例の共有
    • 品質改善活動への参加インセンティブの導入
  5. 変更管理の困難さ:
    課題:頻繁な変更要求に対応しきれず、変更管理が後手に回る。 対応:
    • 変更の影響評価プロセスの強化
    • 変更管理システムの導入
    • 変更実施後のレビューの徹底
  6. データの有効活用:
    課題:収集したデータが十分に分析・活用されていない。 対応:
    • データ分析スキルの向上
    • ビジネスインテリジェンスツールの導入
    • データドリブンな意思決定文化の醸成
  7. サプライヤー管理の複雑さ:
    課題:グローバルなサプライチェーンの品質管理が困難。 対応:
    • リスクベースのサプライヤー評価システムの導入
    • サプライヤーとの品質協定の締結
    • サプライヤー能力開発プログラムの実施
    • 定期的なコミュニケーション
  8. 規制要件の変化への対応:
    課題:頻繁な規制変更に追いつけない。 対応:
    • 規制情報のモニタリングシステムの構築
    • 規制対応専門チームの設置
    • 柔軟性のあるQMS設計
  9. 部門間の連携不足:
    課題:品質部門と他部門との連携が不十分。 対応:
    • クロスファンクショナルな品質委員会の設置
    • 品質目標の部門別展開
    • 部門横断的な問題解決チームの編成
  10. 不適合の再発: 課題:是正措置を実施しても、同じ不適合が再発する。 対応:
    • 不適合調査方法のトレーニング
    • 根本原因特定のためのスキル向上
    • 専門家を交えた是正措置内容のレビュー

これらの課題に適切に対応することで、QMSの効果を最大化し、組織の継続的な改善を促進することができます。重要なのは、QMSを単なる規制要件の遵守ツールとしてではなく、組織の競争力を高めるための戦略的なツールとして位置づけることです。


まとめ

医療機器のQMS(品質管理監督システム)は、製品の安全性と有効性を確保するための包括的なシステムです。ISO 13485や各国の規制要件に基づいて構築されるQMSは、設計開発から製造、出荷、そして市販後の監視に至るまで、製品のライフサイクル全体をカバーします。

QMSの主な目的は、患者の安全確保、製品品質の一貫性維持、規制要件の遵守、リスク管理、そして継続的な有効性の維持です。適切に実施されたQMSは、製品品質の向上、コスト削減、顧客満足度の向上、そして最終的には企業の競争力強化につながります。

QMSの効果的な実施には、トップマネジメントのコミットメント、体系的なプロセスアプローチ、リスクアプローチ、そして継続的な評価と有効性の維持が不可欠です。一方で、文書管理の負担、リソースの制約、従業員の理解と関与の不足など、様々な課題も存在します。これらの課題に適切に対応し、QMSを組織文化の一部として根付かせることが重要です。

忘れないでいただきたいことは、医療機器のQMSは単なる規制要件の遵守ツールではないということです。それは、組織の品質文化を形成し、継続的改善を推進し、患者の生活の質を向上させるための戦略的な基盤です。QMSの重要性を理解し、効果的に実践することで、医療機器メーカーは安全で効果的な製品を提供し続け、グローバル市場での競争力を維持・向上させることができるのです。

医療技術の急速な進歩と規制環境の変化に伴い、QMSもまた進化し続ける必要があります。デジタル技術の活用、リスクアプローチの深化、そしてグローバルな整合性の追求など、QMSの未来には多くの可能性が開かれています。医療機器メーカーは、これらの変化に柔軟に対応しながら、常に患者の安全と製品の品質向上を最優先に考え、QMSを進化させていく必要があるでしょう。