医療機器QMSにおける変更管理の重要性
医療機器業界において、製品や製造工程の変更は避けられないものです。原材料の供給停止、製造設備の更新、設計改良、コスト削減など、変更が必要となる理由は多岐にわたります。しかし、医療機器は人命に直結するため、変更に伴うリスクの適切な管理が不可欠です。
厚生労働省の統計によれば、医療機器の不具合報告のうち約20%は製品や工程の変更管理不備に起因しています。変更に伴う影響評価が不十分であったり、変更後の検証が適切に行われなかったりすることで、製品の安全性や有効性が損なわれるリスクがあるのです。
変更管理とは、QMS(Quality Management System:品質マネジメントシステム)の中で、製品や工程の変更を計画的に評価・実施・検証するプロセスです。医療機器QMSにおいては、単なる文書管理ではなく、変更による製品品質への影響を体系的に評価し、患者安全を確保するための重要な仕組みとして位置づけられています。
本記事では、医療機器QMSにおける変更管理の基礎から実践までを解説し、PMDA査察やISO審査で指摘を受けない効果的な変更管理の実現方法を提案します。
変更管理の法的要件と規制背景
QMS省令における変更管理関連要求事項
医療機器の変更管理は、QMS省令(医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令:厚生労働省令第169号)の複数の条項で規定されています。特に関連性の高い条項は以下の通りです:
- 第14条(品質マネジメントシステムの計画の策定):品質マネジメントシステムの変更を計画・実施する際の要求事項
- 第36条(設計開発の変更の管理):設計開発の変更に関する評価、検証、バリデーション及び承認に関する要求事項
- 第55条の3(厚生労働大臣等への報告):重大な変更に関する行政報告の要求事項
- 第62条(改善):継続的改善のための変更管理に関する要求事項
QMS省令第36条では、設計開発の変更について次のように規定しています:
- 変更の識別
- 変更の文書化
- 変更前の照査、検証、バリデーション及び承認
- 変更が構成部品等、工程内製品、既出荷製品等に及ぼす影響の評価
ISO 13485:2016における変更管理要求事項
国際規格であるISO 13485:2016(医療機器―品質マネジメントシステム―規制目的のための要求事項)では、以下の箇所で変更管理に関する要求事項が規定されています:
- 4.1.4:品質マネジメントシステムの変更の管理
- 7.3.9:設計・開発の変更管理
- 7.3.10:設計・開発ファイル(変更の記録を含む)
- 7.5.6:生産及びサービス提供に関する変更の管理
- 8.5.1:改善 一般
特に7.3.9では、「変更の実施前に、リスクマネジメントファイルへの影響を含め、製品に対する変更の影響を評価しなければならない」と明確に規定されています。
各国規制との整合性
グローバル展開を行う医療機器メーカーにとっては、EU MDR(Medical Device Regulation)や米国FDA QSR(Quality System Regulation)などの国際的な規制要件との整合性も重要です:
- EU MDR:Annex IXの3.4項で、品質マネジメントシステムの重大な変更に関する通知義務を規定
- FDA QSR:21 CFR 820.30(i)で設計変更の管理、21 CFR 820.70(b)で製造工程変更の管理を規定
これらの規制要件は原則として相互に整合性がとられているため、日本のQMS省令に準拠したシステムを構築することで、大部分の国際要件にも対応可能です。
3. 変更管理プロセスの構築と実施手順
変更管理プロセスの基本ステップ
効果的な変更管理プロセスは、以下の基本ステップで構成されます:
- 変更提案・申請:変更の提案者が変更内容、理由、期待される効果を記載
- 変更の分類・評価:変更の種類(重大/軽微)と影響範囲の評価
- 変更計画の立案:必要なバリデーション、検証、リスク評価等の計画策定
- レビューと承認:関連部門による変更計画のレビューと承認
- 変更の実施:承認された計画に基づく変更の実施
- 変更後の検証:変更が計画通りに実施され、期待通りの結果が得られたことの確認
- 文書更新と関係者への周知:関連文書の更新と関係者への教育実施ならびに通知
- 変更完了の確認:全てのフォローアップ活動完了の確認
これらのステップを文書化し、変更管理手順書として確立することが重要です。
変更管理体制の構築
変更管理を効果的に運用するためには、以下の体制を整備することが推奨されます:
- 変更管理委員会:定期的に開催し、重要な変更の評価・承認を行う
- 変更管理責任者:プロセス全体を監督し、適切な実施を確保する責任者
- 部門別の変更評価担当者:設計、製造、品質保証、薬事、販売等の各部門で変更の影響を評価
中小企業では、専任の変更管理委員会を設置する代わりに、定例の品質会議内で変更管理案件を扱うことも可能です。ただし、その場合も変更管理の責任と権限を明確に文書化しておくことが重要です。
変更管理文書システムの構築
効果的な変更管理を実現するためには、以下の文書体系が必要です:
- 変更管理手順書:変更管理プロセスの基本的な流れ、責任者の権限と役割を定義
- 変更申請・評価フォーム:変更内容、理由、影響評価等を記録するための標準様式
- 変更管理台帳:全ての変更を一元管理するための記録
- 変更完了報告書:変更後の検証結果を記録する様式
多くの医療機器メーカーでは、電子的な文書管理システムを活用し、変更管理ワークフローを自動化しています。これにより、承認プロセスの透明性向上や処理時間の短縮が可能になります。
変更の種類と影響評価の実施方法
変更の種類と分類方法
変更は一般的に以下のように分類されます:
- 設計変更:製品の機能、性能、安全性に関わる変更
- 形状、構造、原理の変更
- 原材料の変更
- ソフトウェアの変更
- 使用目的・効能効果の変更
- 製造工程変更:製造方法や工程に関わる変更
- 試験・製造設備の変更
- 製造方法の変更
- 試験検査方法の変更
- 製造場所の変更
- 品質システム変更:QMSに関わる変更
- 要求事項の変更
- 組織体制の変更
- 手順書・基準の変更
- 供給者の変更
- 文書変更:製品や工程に直接影響しない文書上の変更
- 誤字脱字の修正
- フォーマットの変更
- 記載順序の変更
- 参照文書タイトル、文書番号の変更
これらの変更は、さらに「重大変更」と「軽微変更」に分類されます。この分類基準は企業ごとに文書化する必要がありますが、一般的には以下のような基準が用いられます:
重大変更の例:
- 製品の安全性・有効性に影響を及ぼす可能性がある変更
- 承認・認証・届出内容に影響を及ぼす変更
- リスク分析結果の見直しが必要な変更
- 設計検証・妥当性確認が必要な変更
軽微変更の例:
- 製品の安全性・有効性に影響を及ぼさない変更
- 表記の変更や明らかな誤記の修正
- 同等性が確保されている材料の供給元変更
変更の影響評価方法
変更の影響評価は、以下のステップで実施することが効果的です:
- 影響範囲の特定:
- 製品の安全性・有効性への影響
- 製造工程への影響
- 規制要件への影響
- 既出荷製品への影響
- ラベル・添付文書等のラベリングへの影響
- リスク分析への影響
- QMS工程への影響
- QMS資源への影響
- 評価手法の選択:
- チェックリスト評価
- FMEA(Failure Mode and Effect Analysis)
- FTA(Fault Tree Analysis)
- 同等性評価
- 製品ライフサイクルにおける影響の評価:
- 設計への影響
- 製造への影響
- 流通への影響
- 使用時の影響
- 保守・修理への影響
- 廃棄への影響
変更管理とリスクマネジメントの統合
変更管理とリスクマネジメント(ISO 14971に基づく)を統合することは、変更による新たなリスク導入を防止するために重要です。具体的には以下のステップを踏みます:
- 変更に伴うハザードの特定
- リスク分析の見直し
- リスクコントロール手段の適切性評価
- 残留リスクの評価
- リスク・ベネフィット分析
変更により製品のリスクプロファイルが変わる場合は、リスクマネジメントファイルの更新と再評価が必要です。
変更管理における課題と解決策
変更管理の一般的な課題
実務上、変更管理において以下のような課題がよく見られます:
- 変更の申請漏れ:「軽微な変更だから」という判断で申請されない
- 影響評価の不足:変更の影響範囲を過小評価してしまう
- 検証不足:変更後の検証が不十分
- 文書更新の遅延:関連文書の更新が適時に行われない
- 教育訓練の不足:変更内容が関係者に適切に伝達されない
- 変更の累積効果:個々の軽微変更の蓄積が結果的に重大な影響を及ぼす
課題に対する解決策
これらの課題に対して、以下の解決策が有効です:
- 変更管理の文化醸成:
- 「些細な変更でも申請する」文化の確立
- 変更管理プロセスの見直し
- 経営層からの変更管理の重要性発信
- サプライヤーとの変更管理に関する取決め
- 成功事例の社内共有
- プロセスの簡素化:
- 軽微変更の簡易申請プロセスの導入
- 電子システムによる申請・承認の効率化
- テンプレートの整備
- 教育・トレーニングの強化:
- 変更管理の基礎教育(全社員向け)
- 部門別の専門トレーニング
- サプライヤーへの変更管理の重大性教育
- 変更事例を用いたケーススタディ
- 定期的なレビュー:
- 変更管理の有効性の定期評価
- 未完了変更の追跡
- 変更の累積効果の評価
外部委託先・サプライヤーの変更管理
医療機器の製造においては、外部委託先やサプライヤーの変更は重要な管理対象です。以下のポイントに注意しましょう:
- 契約による変更通知要件の明確化:
- 通知が必要な変更の種類の明確化
- 通知のタイミングと通知先の取り決め
- 承認プロセスの明確化
- サプライヤー監査:
- 変更管理プロセスの監査
- 変更履歴の確認
- 変更の影響評価の適切性確認
- 重要サプライヤーとの定期コミュニケーション:
- 定期的な品質会議
- 今後の変更計画の共有
- 問題発生時の早期警告システム
PMDA査察・ISO審査における変更管理の指摘事例と対応
PMDA調査における一般的な指摘事項
PMDAによるQMS適合性調査では、変更管理に関して以下のような指摘事例が見られます。特に汎用品は他産業でも使用されることがあるため、通知が必要な変更と評価内容に関する十分な取決めが重要です。:
- 変更の評価不足:
- 指摘例:「原材料の供給元変更において、新規供給元の材料特性評価が不十分」
- 対応:材料特性の評価項目リストを作成し、漏れなく評価する仕組みの構築
- 変更後の検証不足:
- 指摘例:「製造装置の変更後、適格性確認が一部のパラメータのみで実施されている」
- 対応:IQ/OQ/PQの各段階でのチェックリスト整備と完全実施
- 変更の承認プロセス不備:
- 指摘例:「必要な部門の承認を得ずに変更が実施されていた」
- 対応:電子承認システムによる承認フローの強制と記録保持
- 変更の記録不備:
- 指摘例:「変更の理由や影響評価の詳細記録が不足」
- 対応:詳細な記録様式の整備と記録レビューの仕組み導入
- 関連文書の更新遅延:
- 指摘例:「設計変更後、3ヶ月経過しても関連文書が更新されていない」
- 対応:変更完了確認プロセスに文書更新状況の確認ステップを追加
ISO 13485審査における指摘事例
ISO 13485審査においても、以下のような指摘が見られます:
- リスク評価との連携不足:
- 指摘例:「設計変更後のリスク分析の再評価が実施されていない」
- 対応:変更管理フローにリスク評価レビューを必須ステップとして組み込む
- 変更の累積効果の未評価:
- 指摘例:「複数の軽微変更の累積的影響が評価されていない」
- 対応:定期的な変更の累積効果レビューの実施
- 変更実施前の承認漏れ:
- 指摘例:「承認完了前に変更が実施されていた」
- 対応:変更実施のタイミング管理の強化と教育
監査・調査準備のポイント
変更管理に関する監査・調査に備えるためのポイントは以下の通りです:
- 記録の整備と追跡性の確保:
- 変更履歴の一元管理
- 変更から関連文書までのトレーサビリティ確保
- 変更理由と評価結果の明確な記録
- 典型的な質問への準備:
- 「重大変更と軽微変更をどのように区分しているか」
- 「変更後の検証方法をどのように決定しているか」
- 「市場出荷済み製品に影響する変更をどう管理しているか」
- 「他のプロセスへの影響評価をどのように実施しているか」
- 変更管理の効果的なデモンストレーション:
- 具体的な変更事例を用いた説明準備
- 変更管理のフロー図やプロセス指標の可視化
- 変更管理の改善事例の準備
変更管理の成功事例と失敗事例
成功事例:リスクベースアプローチの導入
事例:医療用画像診断装置メーカーA社の取り組み
A社は変更管理の課題(処理の遅延と評価の過剰/不足)を解決するため、リスクベースの変更管理システムを導入しました。
取り組み内容:
- 変更をリスクレベルに応じて3段階(高・中・低)に分類
- リスクレベルに応じた承認フローと評価要件を設定
- 高リスク:全部門承認+詳細検証
- 中リスク:関連部門承認+必要な検証
- 低リスク:部門内承認+最小限の検証
- 変更評価マトリックスによる客観的な分類基準の確立
成果:
- 変更申請から承認までの平均時間が40%短縮
- 低リスク変更の処理が効率化され、高リスク変更へのリソース集中が可能に
- 変更管理の精度向上(見落とし・過剰評価の減少)
- PMDA査察での評価向上
失敗事例:サプライヤー変更管理の不備
事例:整形外科インプラントメーカーB社のケース
B社は、コスト削減のため加工部品のサプライヤーを変更しましたが、変更管理の不備により出荷済製品の回収となりました。
問題の経緯:
- 新サプライヤーへの変更時、「同等品」という前提で簡易評価のみ実施
- 新サプライヤーの加工条件(熱処理温度)が旧サプライヤーと異なっていた
- 加工条件の違いにより、材料特性に微妙な差異が生じていた
- 市場使用後、特定条件下で破損事故が発生
- 調査の結果、変更管理における同等性評価の不足が原因と判明
教訓:
- 「同等品」の判断基準を明確化し、客観的証拠に基づく評価が必要
- サプライヤー変更時は製造プロセスまで含めた評価が重要
- 重要部品の変更は実使用条件を考慮した検証試験が必須
- サプライヤーの変更管理プロセスも審査対象とすべき
8. まとめ:効果的な変更管理のための5つのポイント
医療機器QMSにおける変更管理を効果的に実施するためのポイントは以下の5つです:
- リスクベースアプローチの採用
- 変更の重要度に応じたリソース配分
- リスクマネジメントとの統合
- 変更の累積影響の定期評価
- 変更管理プロセスの標準化と簡素化
- 明確な手順と責任の確立
- 使いやすい申請・評価フォームの整備
- 電子システム活用による効率化
- 教育と文化の醸成
- 変更管理の重要性に関する関係者への教育
- 「小さな変更も申請する」文化の醸成
- 成功・失敗事例の共有による学習
- サプライチェーン全体での変更管理
- サプライヤーとの変更管理契約の締結
- 重要サプライヤーの変更管理プロセス監査
- 定期的な変更情報交換の場の設定
- 継続的改善の実践
- 変更管理の有効性の定期的レビュー
- KPI(処理時間、申請件数、問題発生率等)による測定
- 定期的なプロセス改善活動の実施
実用的チェックリスト:変更管理の自己評価
□ 変更管理手順書が整備され、全ての変更タイプをカバーしている
□ 変更の分類基準(重大/軽微)が明確に定義されている
□ 変更影響評価のためのチェックリストやテンプレートが整備されている
□ 変更管理とリスクマネジメントが適切に連携している
□ 変更管理の責任と権限が明確に定められている
□ 変更管理記録が適切に保管・管理されている
□ サプライヤー変更に関する要件が契約で明確化されている
□ 変更後の検証が適切に計画・実施されている
□ 関連文書の更新状況が変更完了確認の一部として管理されている
□ 変更管理の有効性を定期的に評価し、継続的改善が行われている
効果的な変更管理システムは、単なる規制要件への適合ではなく、製品の品質と安全性を確保するための重要な基盤です。本記事で紹介した考え方と実践方法を活用し、自社の変更管理プロセスの強化にお役立ていただければ幸いです。