更新日: 2025年03月28日
実践ガイド

【専門家監修】トラブルシューティング実践例~医療機器QMS現場での課題解決法

トラブルシューティング実践例~医療機器QMS現場での課題解決法

この記事の監修者

居原 範道

医療機器QMSコンサルタント

居原 範道

はじめに:医療機器QMSにおけるトラブル対応の重要性

医療機器の品質マネジメントシステム(QMS:Quality Management System)において、トラブルの発生は不可避です。どれほど精緻に設計されたシステムであっても、人間が関わる以上、予期せぬ問題は必ず起こります。重要なのは問題が起きたときの対応力です。

医療機器メーカーにとって、トラブル対応能力は単なる「問題解決スキル」ではなく、患者の安全を守るための最後の砦です。QMS省令(医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令:平成16年厚生労働省令第169号)でも、不適合管理や是正措置・予防措置(CAPA:Corrective Action and Preventive Action)の仕組みが明確に要求されています。

本稿では、医療機器QMS現場で実際に発生しがちなトラブルと、その解決のための実践的アプローチを紹介します。単に「こうすべき」という理想論ではなく、現場の制約の中で最適解を見出すための考え方とノウハウをお伝えします。

医療機器QMSにおける主要トラブル領域と法的要件

医療機器QMSにおけるトラブルは、大きく以下の5つの領域に分類できます:

  1. 設計開発関連トラブル:要求事項の不明確さ、検証・妥当性確認の不備など
  2. 製造プロセス関連トラブル:工程内不適合、設備故障、環境異常など
  3. 品質システム関連トラブル:文書管理不備、記録管理の不具合など
  4. サプライヤー関連トラブル:部材品質問題、供給不安定など
  5. 市販後・クレーム関連トラブル:予期せぬ不具合、苦情対応遅延など

これらトラブルへの対応は、QMS省令第60条から第64条(不適合製品の管理、是正措置、予防措置)に規定されています。具体的には、以下のプロセスが求められます:

  • 不適合の識別と文書化
  • 不適合の評価(調査の必要性と通知の必要性の決定を含む)
  • 不適合の除去
  • 根本原因分析の実施
  • 再発防止措置の決定と実施
  • 措置の有効性評価

また、ISO 13485:2016においても、8.3項(不適合製品の管理)、8.5.2項(是正処置)、8.5.3項(予防処置)に同様の要求事項が規定されています。 

設計開発段階で遭遇するトラブルと解決事例

事例1: 設計インプット要件の不足による開発の手戻り

問題状況: 医療用画像診断装置の開発において、設計インプットに「国内の医療保険制度との適合性」に関する要件が含まれていなかった。開発後期になって保険適用のためには特定の機能制限が必要であることが判明し、大幅な手戻りが発生した。

解決アプローチ

  1. 緊急デザインレビューを開催し、保険適用要件の影響範囲を特定
  2. 優先度を設定:(1)必須変更、(2)次期アップデートで対応、(3)非対応に分類
  3. 必須変更については、機能制限を最小限の設計変更で実装できるよう再設計
  4. 設計インプットチェックリストを改訂し、規制・制度面の要件も含めた医療機器ライフサイクル全体を網羅するチェックリストテンプレートに変更
  5. 開発初期段階での関連部門、専門家による設計インプットレビュープロセスを追加

効果と学び: 当初予定より3ヶ月の遅延で製品化を達成。この経験を踏まえ、設計インプット作成時に規制要件だけでなく保険制度等の市場特有要件を確認するプロセスを標準化した。さらに、開発の各フェーズでの「Go/No-Go判断基準」を明確化し、早期に問題を検出する仕組みを構築した。

事例2: 設計検証での予期せぬ不適合発見への対応

問題状況: 埋込型医療機器の設計検証中に、一部の試験で予期せぬ不適合が発見された。具体的には、「極端な環境条件下での耐久性」に関する社内基準を満たさなかった。規制要件は満たしているものの、社内基準未達により製品化判断ができない状況に陥った。

解決アプローチ

  1. 不適合の詳細分析を実施し、厳しすぎる社内基準の見直し要否を検討
  2. リスク分析を行い、実際の使用条件と試験条件のギャップを評価
  3. 実使用時の条件を再検討し、最悪使用条件(worst case)での検証に絞り込み再試験
  4. 社内基準の合理性を再評価し、根拠に基づいた基準値の調整を盛り込んだ設計インプットに改訂
  5. 設計検証計画書のレビュープロセスを強化し、適切なレビューアの選定ルールを改善

効果と学び: 過剰に厳しい社内基準を科学的根拠に基づいて適正化し、規制要件と患者安全を確保しながら製品化を実現。この経験から、社内基準と規制要件の関係を明確化するプロセスを導入し、過剰品質によるビジネス機会損失を防ぐ体制を整備した。 

製造プロセス段階でのトラブルシューティング実践例

事例1: 不適合品率の急増トレンドへの対応

問題状況: 検査工程での不適合品率が3ヶ月の間に3%から7%へ徐々に上昇。工程内検査での不良モードは「接続部の抵抗値異常」が最も多く、原因特定に至らない状況が続いていた。

解決アプローチ

  1. データ細分化分析:不適合発生時間帯、作業者、使用設備、原材料ロット等で層別分析
  2. プロセスFMEA:製造工程の各ステップのリスク再評価を実施
  3. 要因検証:データ分析から「特定シフトでの発生率が高い」ことを発見、是正措置報告書を起票した。
  4. 根本原因特定:夜勤シフトで清掃手順の省略が常態化していたことが判明
  5. 対策実施:清掃手順の簡素化と効果の見える化による作業標準の改訂
  6. 水平展開:類似工程の清掃手順の遵守状況を確認し、予防措置として必要に応じて改善

効果と学び: 不適合品率は4週間で元の水準に復帰。この事例から、データ細分化の重要性実作業と標準作業のギャップ把握の必要性を学んだ。さらに、QC工程図(QC process chart)の導入により、各工程でのリスクと管理ポイントを視覚化する取り組みを全ラインに展開した。

事例2: 滅菌バリデーション逸脱時の対応

問題状況: エチレンオキサイド滅菌バリデーション中に、バリデーションプロトコルで規定した滅菌パラメータの一つ(湿度)が許容範囲を外れる逸脱が発生。バリデーション完了予定日が迫る中での緊急対応が必要となった。

解決アプローチ

  1. 逸脱の影響範囲評価:滅菌効果への影響を微生物学的見地から評価
  2. 逸脱原因の特定:湿度センサーの校正不良が原因と特定、機器の校正管理に関する是正措置報告書を起票した。
  3. 短期是正処置:正確に校正されたセンサーへの交換
  4. バリデーション計画の修正:規制要件を満たす範囲で効率的な再バリデーション計画を策定
  5. 再バリデーション実施:必要最小限のラン数で再検証
  6. 恒久対策:計測機器の校正管理プロセスの見直しと計測機器管理台帳の整備

効果と学び: 製品出荷遅延を最小限に抑えながら、バリデーションの完全性を確保。この経験から、逸脱発生時の意思決定プロセスのフローチャート化と、バリデーション前の計測機器チェックリストを導入した。また、滅菌バリデーションの専門知識を持つバックアップ担当者の育成も実施した。 

品質システム関連トラブルへの対応事例

事例1: 文書改訂・承認プロセスの遅延問題

問題状況: 電子文書管理システム導入後、文書改訂プロセスの所要時間が平均4週間から7週間に増加。特に複数部門に関連する文書での遅延が顕著で、設計変更や製造プロセス改善の実行に影響が出始めていた。

解決アプローチ

  1. プロセスマッピング:現状の承認フローを視覚化し、ボトルネックを特定
  2. 根本原因分析:①承認者の責任範囲の不明確さ、②システム通知の見落とし、③必要以上の承認者の設定、が主要因と判明、是正措置報告書を起票した。
  3. 短期対策
    • 承認期限(3営業日)の明確化と自動リマインダーの設定
    • 承認待ち文書一覧の週次マネジメント報告の導入
  4. 中長期対策
    • 文書タイプ別の標準承認フローのテンプレート化
    • 関連部門への事前レビュープロセスの追加(承認フロー開始前)
    • 電子文書システムの「代理承認」機能の活用ルール策定

効果と学び: 3ヶ月後には文書承認プロセスの所要時間が平均3週間まで短縮。この事例から、電子システム導入時のプロセス再設計の重要性と、「システム機能」と「業務運用ルール」の両面からの改善アプローチの必要性を学んだ。

事例2: PMDA適合性調査での指摘事項への対応

問題状況: PMDA適合性調査で「教育訓練の有効性評価が形骸化している」との指摘を受けた。具体的には、教育訓練後のテスト合格率が100%で、有効性評価が単なる形式になっているとの指摘だった。

解決アプローチ

  1. 現状分析:是正措置報告書を作成の上、教育訓練の有効性評価方法の実態調査を実施
  2. 問題点の特定
    • テスト問題が基礎的な内容に偏り、実務適用力の評価になっていない
    • 全ての教育で画一的な評価方法を採用している
    • 評価結果のフィードバックが教育プログラム改善に活用されていない
  3. 改善施策
    • 教育タイプ別の有効性評価方法の多様化(テスト、実技確認、OJTチェックリスト等)
    • 実務適用を意識した応用問題や事例問題の導入
    • 評価結果の定量分析と教育プログラム改善への活用プロセスの確立
  4. システム改善:教育訓練手順書の改訂と有効性評価テンプレートの開発

効果と学び: 是正措置の実施により、教育の実効性が向上し、実務エラーの10%減少を達成。この経験から、コンプライアンスの形式だけでなく実質的効果を重視する文化の醸成が進んだ。また、PMDAの指摘傾向を先取りした自己点検の仕組みを予防措置として導入し、形骸化しがちなプロセスの定期的な見直しを行う体制を構築した。

サプライヤー関連トラブルと解決事例

事例1: 重要部品サプライヤーの突然の生産中止通知

問題状況: 医療用モニタリング装置の重要電子部品について、サプライヤーから6ヶ月後の生産中止通知を突然受領。代替品評価・切替のための十分な期間がなく、製品供給継続の危機に直面した。

解決アプローチ

  1. リスク評価:在庫状況確認と生産計画から影響範囲を評価
  2. 短期対策
    • サプライヤーとの交渉により、最終発注の特別対応(12ヶ月分の一括発注)を取り付け
    • 代替部品の緊急探索と技術評価の同時並行実施
  3. 中期対策
    • 設計変更による代替部品適用の迅速な実施(設計検証の優先実施)
    • 変更管理プロセスの特別フロー(迅速審査)の適用
  4. 長期対策・再発防止
    • 重要部品の「ライフサイクルリスク評価」プロセスの導入
    • サプライヤー契約における部品供給終了通知の最低期間(18ヶ月前)条項の追加
    • 複数ソース化戦略の見直しと重要部品の代替候補の事前評価

効果と学び: 製品供給の中断を回避し、計画的な設計変更移行を実現。この事例から、部品ライフサイクル管理の重要性サプライヤーとの契約条件の詳細点検の必要性を学んだ。また、開発段階からの「部品継続供給リスク」評価を設計レビュー項目に追加し、設計時点からのリスク低減策を検討するプロセスを確立した。

事例2: サプライヤー監査での重大な品質システム不備の発見

問題状況: 滅菌バッグの製造サプライヤーへの定期監査で、滅菌バリデーションの不備が発見された。具体的には、バリデーション記録の一部が欠落し、プロセスパラメータの妥当性を証明できない状況だった。

解決アプローチ

  1. 緊急リスク評価:不適合製品報告書を発行し、影響を受ける可能性のある製品ロットの特定と出荷可否判断
  2. サプライヤー対応
    • 72時間以内の初期調査結果報告の要求
    • 是正計画書の提出と承認プロセスの実施
    • 監査チームによる是正計画のレビューと妥当性確認
  3. 短期対策
    • 受入検査の強化(抜取検査から全数検査への変更)
    • バリデーション完了までの暫定的な追加試験の実施
  4. 中長期対策
    • サプライヤーの再バリデーション計画の確認と進捗監視
    • サプライヤー品質管理部門への教育支援の提供
    • 類似サプライヤーへの予防的監査の実施

効果と学び: 品質リスクを管理しながらサプライヤーの品質システム改善を支援し、3ヶ月で正常状態に回復。この経験から、サプライヤー監査での発見事項への段階的対応プロセスの整備と、サプライヤーとの協働改善アプローチの重要性を再認識。サプライヤー監査チェックリストの改訂と、重要サプライヤーの品質データの定期モニタリングシステムを導入した。

CAPA(是正措置・予防措置)システムの効果的運用事例

効果的な根本原因分析の実践例

医療機器QMSでのトラブル解決で最も重要なのは、表面的な対症療法ではなく、根本原因に基づく恒久的な再発防止対策の実施です。以下に、効果的な根本原因分析の実践例を示します。

事例:繰り返される最終検査での同一不適合

診断用医療機器の最終検査において、「表示精度範囲外」という不適合が3ヶ月間で複数回発生。初期の原因調査では「個別調整の不良」として処理されていたが、頻度が増加傾向にあった。

分析アプローチ

  1. 製品への影響リスクを1段階アップとし、是正措置を必須とした
  2. 多層型要因分析(5Why + Is/Is Not分析)の実施
    • 不適合発生ロットと非発生ロットの差異分析
    • 組立工程の各ステップ遡及検証
    • 作業者インタビューと実作業観察
  3. 根本原因の発見
    • 最初のWhy:「なぜ表示精度が範囲外になるのか?」→ キャリブレーション不良
    • 2番目のWhy:「なぜキャリブレーションが不良なのか?」→ センサー取付位置のズレ
    • 3番目のWhy:「なぜセンサー位置がズレるのか?」→ 取付治具の固定不良
    • 4番目のWhy:「なぜ治具固定が不良なのか?」→ 締付トルク不足
    • 5番目のWhy:「なぜトルク不足になるのか?」→ トルクドライバーの校正期限切れ
  4. 対策実施
    • 短期:全トルクドライバーの緊急校正実施
    • 中期:ポカヨケ(エラー防止機能)として締付完了確認センサーの導入
    • 長期:計測機器管理システムの改善(期限切れ機器の使用ロック機能)

効果と学習ポイント: この事例では、単なる「作業者の技量不足」という表面的原因ではなく、計測機器管理というシステム的問題にたどり着いた点が重要でした。トルクドライバーの校正管理を改善したことで、同種の不適合が6ヶ月間ゼロになり、さらに他の計測機器管理も強化されました。

このように、個別案件として処理していた不適合が再発する場合は、個別案件でなく是正措置の必要性を評価する必要があります。

CAPAの有効性評価の実践例

CAPAの最大の課題は「有効性評価の形骸化」です。以下に、実効性のある有効性評価の実施例を示します。

事例:製造記録の記入漏れに対するCAPA

製造記録の記入漏れが頻発し、記録完全性に関する懸念が内部監査で指摘された。是正処置として「記録テンプレートの改訂」と「作業者への再教育」を実施。

有効性評価アプローチ

  1. 評価指標の明確化
    • 定量指標:記入漏れ発生率(チェック項目数に対する漏れ件数の比率)
    • 定性指標:作業者の理解度(記録の目的とその重要性)
  2. 段階的な評価計画
    • 短期評価(1ヶ月後):記入漏れ率の50%削減
    • 中期評価(3ヶ月後):記入漏れ率の90%削減と維持
    • 長期評価(6ヶ月後):新規採用者を含めた記入漏れ率の低水準維持
  3. 評価方法
    • 記録サンプリング監査(週次→月次へ頻度変更)
    • 作業者インタビュー(記録目的の理解度確認)
    • プロセス観察(記録タイミングと作業フローの適合性)
  4. 継続的モニタリング
    • 品質指標(Quality Metrics)へのトレンド項目追加
    • 月次品質会議での報告項目化

効果と学習ポイント: 単なる「再教育」という対策ではなく、記録テンプレートの人間工学的改善(チェックボックス式への変更、必須項目の視覚的強調)と、作業フローの見直し(記録タイミングの最適化)を組み合わせたことで、記入漏れが大幅に減少。有効性評価を「合格/不合格」の単純判定ではなく、段階的かつ複数指標で行ったことで、改善の持続性を確保できました。 

まとめ:医療機器QMSにおけるトラブルシューティングの成功要因

医療機器QMSの現場でトラブルを効果的に解決するための5つの成功要因を以下にまとめます:

1. データ駆動型アプローチの徹底

トラブル解決において「思い込み」や「経験則」だけに頼ることは危険です。成功事例に共通するのは、徹底したデータ収集と客観的分析です。特に、データの層別(時間、ロット、作業者、設備など)による傾向把握が有効です。

2. 体系的な根本原因分析手法の活用

表面的な対症療法ではなく、根本原因にたどり着くための体系的なアプローチが重要です。5Why、特性要因図(フィッシュボーン)、Is/Is Not分析などの手法を組み合わせ、複合的な要因分析を行いましょう。

3. 短期・中期・長期視点での対策立案

トラブル対応では、「今すぐ止血する」短期対策と、「再発を防止する」中長期対策をバランスよく組み合わせることが重要です。また、対策の有効性評価も同様に段階的なアプローチが有効です。

4. 組織横断的なコラボレーション

医療機器のQMS問題は、単一部門だけでは解決できないケースがほとんどです。設計、製造、品質、薬事、サプライヤー管理など、複数の専門領域にまたがる問題解決チームの編成が効果的です。

5. 知識の共有と活用の仕組み化

解決したトラブルの知識を「属人的経験」で終わらせず、組織の知恵として蓄積・活用する仕組みが重要です。トラブル事例データベースや、レッスンラーンド(教訓)セッションなどを通じて、問題解決の知見を組織全体に展開しましょう。

 

おわりに

医療機器QMSにおけるトラブルシューティングは、単なる「火消し」ではなく、組織の品質文化を育てる重要な機会です。問題を隠すのではなく、適切に可視化し、体系的に解決することで、製品品質と患者安全の継続的向上につながります。

また、トラブルは要求事項への不適合、社内ルールへの不適合、新たなリスクへの対応等により、不適合報告、CAPA、改善の使い分けが必要となります。

本稿で紹介した実践例が、読者の皆様の現場での課題解決の一助となれば幸いです。トラブルの発生そのものは避けられなくとも、その対応力を高めることで、強固で柔軟なQMSの構築につながるでしょう。