はじめに - QMS適合性調査の概要
医療機器および体外診断用医薬品(以下、医療機器等)は、人々の健康と生命に直接関わる製品です。そのため、これらの製品の品質、有効性、安全性を確保することは極めて重要です。この目的を達成するために、製造販売業者等には高度な品質管理が求められており、その中核となるのがQMS(品質管理監督システム)です。
QMS適合性調査は、このQMSが適切に構築され、効果的に機能しているかを確認するための重要な調査プロセスです。この調査は、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下、薬機法)」に基づいて実施されます。
QMS適合性調査の重要性は、以下の点にあります:
- 法令遵守の確認:規制要件への適合性を確認し、法的リスクを軽減します。
- 製品の品質保証:QMSの適切な運用により、一貫した品質の製品を提供できます。
- 患者安全の確保:厳格な品質管理により、製品の安全性が担保されます。
- 継続的改善の促進:第三者による定期的な調査により、QMSの継続的な改善が図られます。
- 国際競争力の向上:国際的に認められた品質管理基準に適合することで、グローバル市場での競争力が高まります。
QMS適合性調査の目的と法的根拠
QMS適合性調査の主な目的は、医療機器等の製造販売業者等が構築したQMSが、法令で定められた基準に適合しているか、製品が承認書で定めた規格に適合しているかを確認することです。具体的には以下の目的があります:
- 医療機器等の品質、有効性、安全性の確保: QMSの適切な運用により、製品の品質が一定水準以上に保たれていることを確認します。これにより、患者や医療従事者に安全で効果的な製品を提供することができます。
- 製造販売業者等のQMSが法令基準に適合していることの確認: QMS省令(医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令)で定められた要求事項に対する適合性を評価します。これにより、製造販売業者等の法令遵守状況を確認します。
- 継続的な品質改善の促進: 定期的な調査と指摘事項の改善プロセスを通じて、製造販売業者等のQMSの継続的な改善を促進します。これにより、医療機器産業全体の品質レベルの向上につながります。
- 国際整合性の確保: 日本のQMS基準は国際規格(ISO 13485等)と整合性が図られています。QMS適合性調査を通じて、国際的に通用する品質管理レベルを確保します。
QMS適合性調査の主な法的根拠は、薬機法に規定されています。具体的には以下の通りです:
- 第23条の2の5第7項:承認時及び定期的な適合性調査
- 第23条の2の5第15項:一部変更承認時の適合性調査
- 第23条の2の5第9項:追加的調査
これらの規定に基づき、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)や登録認証機関が調査を実施します。調査実施者は、QMS省令に規定された要求事項に基づいて調査を行い、製造販売業者等のQMSが適切に機能しているかを評価します。
QMS適合性調査の種類と実施時期
QMS適合性調査は、医療機器等のライフサイクルの各段階で実施されます。主な種類と実施時期は以下の通りです:
- 承認等前適合性調査: 新規の製造販売承認申請時に実施されます。新しい医療機器等を市場に導入する前に、製造販売業者等のQMSが適切に構築されているかを確認します。適合性調査の申請を行う品目が、規則第114条の33第1項第2号イからトまでに該当する医療機器又は同項第4号イからハまでに該当する体外診断用医薬品である場合には専門的調査も同時に実施されます。
- 一変時適合性調査: 承認事項の一部変更承認申請時に実施されます。製造方法や製造所の変更など、品質に影響を与える可能性のある変更がある場合に行われます。
- 定期適合性調査: 承認取得後、5年ごとに実施されます。QMSが継続的に適切に運用されているかを定期的に確認します。
- 追加的調査: 必要に応じて実施される臨時の調査です。例えば、重大な品質問題が発生した場合や、前回の調査で重大な不備が見つかった場合などに実施されることがあります。
- 輸出品の製造に係る適合性調査: 輸出用医療機器等の製造時に実施されます。国内で製造販売する場合と同様、QMS省令に適合していることを確認します。
- 再製造単回使用医療機器定期確認調査: 再製造単回使用医療機器の製造管理・品質管理の確認のために実施されます。再製造プロセスの適切性や安全性を確認します。
- 変更計画に係る適合性確認: 変更計画の確認申請時に実施されます。計画された変更がQMSに与える影響を事前に評価します。
これらの調査は、それぞれの目的に応じて実施時期や調査内容が異なります。例えば、承認等前適合性調査では、QMSの構築状況全般を詳細に確認しますが、一変時適合性調査では変更に関連する部分に焦点を当てて調査を行います。
定期適合性調査は、QMSの継続的な適合性を確認する上で特に重要です。5年ごとの調査により、時間の経過とともにQMSが形骸化したり、最新の規制要件から逸脱したりしていないかを確認します。
また、追加的調査は、QMSの問題点が適切に改善できていることを確認するための重要なツールとなります。重大な品質問題や回収が発生した場合、是正措置プロセスを通じてその根本原因を特定し、再発防止策を講じた製造管理が適切であるかどうかを確認することができます。
このように、各種のQMS適合性調査を適切なタイミングで実施することで、医療機器等の品質管理の継続性と有効性を担保しています。
QMS適合性調査の対象と範囲
QMS適合性調査の対象は、医療機器および体外診断用医薬品に関わる様々な事業者や施設に及びます。主な調査対象は以下の通りです:
- 製造販売業者: 製品の品質・安全性に対する最終的な責任を負う事業者です。QMSの全体的な管理、製造業者の管理や市販後の安全管理などが調査対象となります。
- 外国製造医療機器等特例承認取得者: 外国で製造された医療機器等の国内製造販売に関する承認取得者で、日本国内に関連会社がない場合に適用します。製造販売業者と同等の調査に加え、海外の製造所におけるQMSの管理状況などが調査対象となります。
- 設計を行う施設: 製品の設計開発を行う施設で、製造業者として取り扱われています。設計管理プロセスや調査対象製品に関する設計検証・妥当性確認・変更管理の適切性などが調査対象となります。
- 主たる製造を行う製造所: 製品製造にかかわる全ての製造業者の内、主な製造・組立をおこなう製造所です。製造・品質管理プロセスの適切性が調査対象となります。
- 滅菌施設: 製品の滅菌を行う施設です。滅菌方法の妥当性や試験結果の信頼性などが調査対象となります。
- 製品の最終保管を行う施設: 日本における最終製品の保管を行う施設です。保管条件の管理や出荷判定プロセスなどが調査対象となります。
- その他の製造業者: その他、主たる製造所でない製造所、日本語表示包装業者、試験検査機関等が設計施設、主たる製造所、最終製品の保管施設のいづれかと同じ場所にある場合は調査対象となる場合があります。
調査の範囲は、QMS省令に規定された要求事項全般に及びます。主な調査範囲には以下のような項目が含まれます:
- 品質方針と品質目標: 組織の品質に対する基本的な方針と具体的な目標が適切に設定され、周知されているかを確認します。
- 組織の体制と責任: QMSを運用するための組織体制が適切に構築され、各責任者の役割が明確になっているかを確認します。
- 文書化と記録管理: QMS省令で定められている手順書や記録が適切に作成、管理、運用されているかを確認します。
- 製品実現プロセス: 調査対象製品の設計開発、製造、検査など、製品を実現するための一連のプロセスが適切に管理されているかを確認します。
- 資源の管理: 人材、設備、作業環境などの資源が適切に管理されているかを確認します。
- 測定、分析及び改善: 製品やプロセスの監視測定、苦情処理、内部監査、データ分析、継続的改善活動が適切に行われているかを確認します。
- 不適合製品の管理: 不適合品の識別、隔離、処置などが適切に行われているかを確認します。
- 是正措置及び予防措置: 品質問題や不適合に対する是正措置や潜在的な問題に対する予防措置が適切に実施されているかを確認します。
これらの対象と範囲を通じて、医療機器等の設計から製造、販売後の管理に至るまでの全プロセスにおけるQMSの適切性ならびに調査対象製品の管理状況を評価します。調査実施者は、これらの項目について文書レビュー、現場視察、関係者へのインタビューなどを通じて詳細に確認し、QMSの実効性を評価します。
例えば、ある人工関節メーカーのQMS適合性調査では、設計開発部門、製造部門、品質保証部門、市販後安全管理部門など、複数の部門にまたがって調査が行われます。設計開発部門では新製品の設計管理プロセスおよび製品の設計開発状況を、製造部門では製造工程の管理状況を、品質保証部門では製品の試験検査および出荷判定プロセスを、市販後管理部門では苦情の収集・分析・対応プロセスを、それぞれ重点的に調査します。これらの調査結果を総合的に評価することで、当該メーカーのQMSが全体として適切に機能しているかを判断します。
QMS適合性調査の具体的な流れ
QMS適合性調査は、計画的かつ体系的に実施されます。一般的な調査の流れは以下の通りです:
- 調査の申請: 製造販売業者等が調査実施者(PMDAまたは登録認証機関)に申請を行います。申請時には、申請書に加えてQMSに関する文書や製造工程の概要など、必要な資料を提出します。
- 調査方法の決定: 調査実施者は、申請内容を確認したうえで、調査の方法を決定し、製造販売業者等に調査方法の連絡ならびに追加資料の提出指示を行います。調査方法には、書面調査と実地調査があります。
- 書面調査: 調査実施者は、提出された資料を基に書面調査を実施します。不明な点、更なる資料の提出等が必要になった場合は、照会事項として製造販売業者等に連絡が入ります。
- 実地調査:
- 調査計画: 調査実施者は、提出された資料を基に調査計画を立案し、調査対象範囲、スケジュール、必要な資源などを調査対象者と調整の上、調査スケジュールを決定します。製造販売業者の場合は2日間、製造業者の場合は3日間が標準的な調査実施期間となります。
- 実地調査準備: 調査対象者は、調査に必要な文書や記録を準備し、関係者に調査の予定を周知します。このとき、調査対象となる文書や記録に不備がないか、製造工程の5S(整理・整頓・清潔・清掃・躾)を点検しておくことが重要です。また、ドライランを実施し、だれがどのように対応するかをあらかじめ決めておくと調査がスムーズに進行します。 調査準備を念入りに実施しておくことがQMS調査成否のカギとなります。
- 実地調査の実施: 以下のような流れで実施されます
- オープニングミーティング: 調査の目的、範囲、スケジュールなどを確認し、調査対象者と調査実施者の間で共有します。
- 文書・記録の確認: QMS関連文書(品質マニュアル、手順書など)や品質記録を確認し、QMS省令の要求事項との適合性を評価します。
- 製造現場の視察: 実際の製造現場や試験室を視察し、手順書通りに作業が行われているか、適切な管理が実施されているかを確認します。
- 関係者へのインタビュー: 管理責任者や現場の作業者にインタビューを行い、QMSの理解度や実際の運用状況を確認します。
- クロージングミーティング: 調査で発見された事項を調査対象者に伝え(講評)、今後の対応について協議します。
この一連のプロセスを通じて、製造販売業者等のQMSの適合性が評価され、必要に応じて改善が促されます。
QMS適合性調査における評価基準
QMS適合性調査における評価は、QMS省令の要求事項への適合性を基準に行われます。調査実施者は、「QMS調査要領について」通知に記載された「適合性評価基準」を用いて、発見された不備事項の重要度を評価します。この評価基準では、不備事項をランク1(軽度)からランク6(重大)までの6段階で評価します。
評価のプロセスは以下の2ステップで行われます:
ステップ1:不備のQMSへの影響度と発生頻度を評価
- QMSへの影響度:
- 直接的影響:製品の設計や製造、品質に直接影響を与える不備
- 間接的影響:QMSの運用に関する不備で、直接的には製品品質に影響しないもの
- 発生頻度:
- 初回:初めて指摘される不備
- 再発:過去にも指摘されたことがある不備
これらの要素を組み合わせて、初期の評価ランクが決定されます。
ステップ2:追加の評価要素の考慮
以下の要素が該当する場合、評価ランクが1段階上がります:
- 必要な文書や手順書の欠如または機能不全: QMS省令で要求される文書や手順書が作成されていない、または形骸化している場合
- 不適合製品の市場流出の有無: 不備が原因で不適合製品が市場に出荷されている場合
これらのステップを経て最終的な評価ランクが決定されます。例えば、QMSへの影響が間接的で初回の指摘(ステップ1でランク1)であっても、必要な手順書が欠如している場合(ステップ2で+1)、最終的にはランク2と評価されることになります。
この評価結果は、調査対象者のQMSの適合性判断や改善要求の基礎となります。ランクが高いほど、より迅速かつ徹底的な改善が求められます。
QMS調査結果の取り扱いと改善プロセス
QMS適合性調査の結果は、「適合」または「不適合」として判断されます。この判断は、発見された不備事項の数や重要度、そして調査対象者の改善に対する姿勢などを総合的に考慮して行われます。
「適合」と判断された場合: 基準適合証が交付されます。これにより、当該製造販売業者等のQMSが法令の要求事項に適合していることが証明されます。ただし、軽微な不備事項が指摘されている場合もあるため、継続的な改善が求められます。
「不適合」と判断された場合: 調査対象者は速やかに改善活動を開始する必要があります。この場合、以下のような改善プロセスが進められます:
- 指摘事項の受領: 調査対象者は、QMS調査指摘事項書を受け取ります。この文書には、発見された不適合事項の詳細と、それぞれの評価ランクが記載されています。
- 調査指摘事項書の交付: 調査実施者は、発見された不適合事項を文書(QMS調査指摘事項書)にまとめ、調査対象者に伝達します。
- 是正計画の提出: 調査対象者は、指摘された事項に対する具体的な是正計画を立案し、調査実施者に提出します。
- 是正措置の実施:不適合事項が指摘された場合、是正計画に基づき、是正措置・予防措置を実施し、その結果を調査対象者に報告します。実施した措置が計画と違う場合や完了期限が大幅に変更になる可能性が出た場合等は、都度、調査実施者に報告を行う必要があります。
- 改善計画書及び改善結果報告書の徴収、改善内容の確認: 調査実施者は、調査結果と改善計画を総合的に評価し、QMSの適合性を判断します。
- 調査結果報告書等の作成及び送付: 調査結果は、厚生労働大臣および製造販売業許可権者に通知されます。適合と判断された場合は基準適合証が交付されます。
- フォローアップ調査: 必要に応じて、改善状況を確認するための追加調査が行われることがあります。特に重大な不適合が指摘された場合は、実地での確認が行われる可能性が高くなります。
このプロセスを通じて、QMSの継続的な改善が図られます。重要なのは、単に指摘された事項を表面的に修正するだけでなく、不適合の根本原因を特定し、再発防止策を講じることです。
また、調査結果は製造販売業者等にとって貴重なフィードバックとなります。指摘された事項を真摯に受け止め、QMS全体の見直しと強化につなげることが重要です。例えば、ある部門で発見された不適合が他の部門にも存在する可能性がないか、全社的な視点で検討することが求められます。
さらに、調査結果は規制当局によって分析され、業界全体の傾向を把握するために活用されます。頻繁に指摘される事項や新たに浮上してきた問題点などは、ガイダンス文書の発行や法令改正の検討材料となることもあります。
まとめ
医療技術の急速な進歩や国際的な規制調和の流れの中で、QMS適合性調査の重要性はますます高まっています。製造販売業者等は、この調査を単なる規制対応としてではなく、自社の品質管理体制を強化し、競争力を高める機会として積極的に活用していくことが求められます。
また、QMS適合性調査は、規制当局と製造販売業者等との間の重要なコミュニケーションの場でもあります。調査を通じて、最新の規制動向や業界のベストプラクティスに関する情報交換が行われ、相互理解が深まることも重要な側面です。
今後、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などの新技術の医療機器への応用が進むにつれ、QMSにも新たな課題が生じることが予想されます。こうした変化に対応するため、QMS適合性調査の方法や評価基準も継続的に見直され、改善されていく必要があるでしょう。
結論として、QMS適合性調査は、安全で効果的な医療機器等を患者のもとに届けるための重要な取り組みの一つです。規制当局、製造販売業者等、そして医療現場が協力して、より良いQMSの構築と運用に努めていくことが、医療の質の向上と患者安全の確保につながります。この調査制度の重要性を十分に認識し、積極的に活用していくことが、医療機器産業の持続的な発展と公衆衛生の向上に寄与するのです。
■参考資料: