更新日: 2025年04月08日
#バリデーション #ソフトウェア

【専門家監修】医療機器QMSソフトウェアバリデーション実践ガイド 〜ER/ES指針と最新規制の統合解説〜

医療機器QMSソフトウェアバリデーション実践ガイド 〜ER/ES指針と最新規制の統合解説〜

目次

この記事の監修者

居原 範道

医療機器QMSコンサルタント

居原 範道

はじめに:医療機器QMSにおけるソフトウェアバリデーションの重要性

医療機器業界において、QMS(品質マネジメントシステム)の中でソフトウェアの利用は不可欠なものとなっています。設計開発から製造、品質管理、市販後監視に至るまで、様々なプロセスでコンピュータシステムやソフトウェアが活用されています。これらのソフトウェアが適切に機能していることを保証するため、ソフトウェアバリデーション(妥当性確認)は極めて重要な活動です。

特に近年、電子記録・電子署名の普及に伴い、2005年に発出された「ER/ES指針」(医薬品等の承認又は許可等に係る申請等における電磁的記録及び電子署名の利用について)への対応が改めて注目されています。さらに、クラウドベースのソリューション採用増加やリモートワークの浸透により、電子的な品質管理システムの重要性はこれまで以上に高まっています。

本稿では、医療機器QMSにおけるソフトウェアバリデーションの実践的アプローチを、ER/ES指針との整合性を含めて解説します。規制要件を満たしながらも、効率的かつ実効性のあるバリデーション活動を実現するための具体的な方法論を提供します。 

ソフトウェアバリデーションの法的要件と規制背景

QMS省令におけるソフトウェア関連要求事項

医療機器のソフトウェアバリデーションは、QMS省令において明確に要求されています。特に重要な条項は以下の通りです:

第5条の6(ソフトウェアの使用)

1. 製造販売業者等は、品質管理監督システムにソフトウェアを使用する場合においては、当該ソフトウェアの適用に係るバリデーションについて手順を文書化しなければならない。

2. 製造販売業者等は、前項のソフトウェアを品質管理監督システムに初めて使用するとき及び当該ソフトウェア又はその適用を変更するときは、あらかじめ、バリデーションを行わなければならない。(以下略)

第45条(製造工程等のバリデーション)では製造およびサービスの提供にソフトウェアを使用する場合のバリデーション要件が、第53条(設備及び器具の管理)では監視および測定のためのソフトウェアのバリデーション要件が規定されています。

注目すべきは、ソフトウェアバリデーションの要求が単に実施を求めるだけでなく、リスクに応じたアプローチを求めている点です。第5条の6第3項では「品質管理監督システムへのソフトウェアの使用に伴うリスク(当該ソフトウェアの使用が製品に係る医療機器等の機能、性能及び安全性に及ぼす影響を含む)に応じて、バリデーションを行わなければならない」と規定されています。

ISO 13485:2016の関連要求事項

国際規格であるISO 13485:2016においても、QMS省令と同様のソフトウェアバリデーション要件が規定されています。特に以下の条項が関連します:

  • 4.1.6:QMSに使用されるソフトウェアのバリデーション
  • 7.5.6:製造工程等に使用されるソフトウェアのバリデーション
  • 7.6:監視および測定のためのソフトウェアのバリデーション

ER/ES指針の概要と医療機器QMSへの適用

ER/ES指針(薬食発第0401022号、2005年4月1日)は、薬機法の適用範囲内で、電磁的記録や電子署名を使用する際の最低限の要件を規定しています。この指針は医薬品のみならず、医療機器の品質管理にも適用されます。

ER/ES指針の基本的要求事項は以下の3つの柱からなります:

  1. 真正性(Authenticity)の確保:電磁的記録が完全、正確であり、権限のない変更から保護されていること
  2. 見読性(Readability)の確保:電磁的記録が人間にとって読める形式で利用可能であること
  3. 保存性(Storability)の確保:電磁的記録が要求される期間、検索可能な状態で保存されること

さらに、電子署名を使用する場合には、署名者を一意に識別でき、署名日時や意味が明示され、署名後に記録と署名の関係が保持されることなどが求められます。

国際的な規制動向との整合性

FDA 21 CFR Part 11(米国)やEU GMP Annex 11(欧州)など、国際的な電子記録・電子署名に関する規制との整合性も重要です。ER/ES指針はFDA Part 11と基本的に同等の内容ですが、ER/ES指針は紙の記録であっても、その署名が電子的に行われている場合は適用となりますので、実務上は両者の違いにも注意が必要です。国際的な製品展開を行う企業は、各地域の規制要件を統合的に満たすアプローチが求められます。

医療機器QMSにおけるバリデーション対象ソフトウェアの分類

QMSに使用されるソフトウェアの種類

医療機器QMSで使用されるソフトウェアは多岐にわたります。主な種類としては以下のようなものがあります:

  1. 品質管理システムソフトウェア
    • 文書・記録管理システム
    • 変更管理システム
    • CAPA(是正措置・予防措置)管理システム
    • 教育訓練管理システム
    • 不適合管理システム
  2. 設計・開発支援ソフトウェア
    • CAD/CAMソフトウェア
    • シミュレーションソフトウェア
    • 要求管理ツール
    • リスク管理ソフトウェア
  3. 製造管理ソフトウェア
    • ERP(Enterprise Resource Planning)システム
    • MES(Manufacturing Execution System)
    • 生産計画ソフトウェア
    • 在庫管理システム
  4. 監視・測定用ソフトウェア
    • 測定機器に組み込まれたソフトウェア
    • 校正管理ソフトウェア
    • 試験データ解析ソフトウェア
    • トレンド分析ソフトウェア
  5. 市販後監視ソフトウェア
    • 顧客苦情管理システム
    • 不具合管理システム
    • トレーサビリティシステム

リスクに基づく分類とバリデーションの範囲決定

すべてのソフトウェアが同じレベルのバリデーションを必要とするわけではありません。QMS省令やISO 13485でも強調されているように、リスクに基づくアプローチが重要です。以下の要素を考慮し、ソフトウェアのリスク分類を行うことが推奨されます:

  1. 製品品質への影響度:ソフトウェアの機能不全が製品の安全性や性能に直接影響するか
  2. プロセス重要度:関連するQMSプロセスの重要性
  3. データの重要性:処理されるデータの重要性や機密性
  4. システムの複雑性:ソフトウェアの複雑さや規模
  5. カスタマイズの程度:市販標準品からのカスタマイズの程度

この分類に基づき、高リスクのソフトウェアには包括的なバリデーション、中リスクのソフトウェアには重要機能に焦点を当てたバリデーション、低リスクのソフトウェアには簡略化したバリデーションというアプローチが可能です。

GAMP 5カテゴリによる分類

国際的に広く採用されているGAMP(Good Automated Manufacturing Practice)ガイドのカテゴリ分類は、バリデーション戦略の決定に有用です:

  • カテゴリ1:インフラストラクチャソフトウェア(OS、データベース等)
  • カテゴリ3:非構成化市販パッケージソフトウェア(設定変更が限定的)
  • カテゴリ4:構成化市販パッケージソフトウェア(広範囲な設定が可能)
  • カテゴリ5:カスタム開発ソフトウェア

カテゴリが上がるほど、より包括的なバリデーション活動が必要となります。例えば、カテゴリ5のカスタム開発ソフトウェアでは、設計仕様からコード開発、テストに至るまでの完全なライフサイクルバリデーションが必要となります。

ソフトウェアバリデーションの実践的アプローチ

バリデーション計画の立案

効果的なソフトウェアバリデーションは、適切な計画から始まります。バリデーション計画書には、以下の要素を含めることが重要です:

  • バリデーションの目的と適用範囲
  • 責任者と実施体制
  • スケジュールとマイルストーン
  • リスク評価の方法と結果
  • バリデーション戦略(IQ/OQ/PQアプローチ等)
  • 合否判定基準
  • 文書体系と記録要件
  • 変更管理とリバリデーション方針

特に重要なのは、バリデーション活動の適用範囲の明確化です。すべての機能を同じ深さでバリデーションするのではなく、リスク評価に基づいて重要な機能に集中したバリデーション戦略を策定することで、効率的かつ効果的なバリデーションが可能になります。

ソフトウェアバリデーションの標準的な文書体系には以下が含まれます:

  • バリデーション計画書(VP):バリデーション活動全体の計画
  • ユーザー要求仕様書(URS):ユーザー視点での要件定義
  • 機能仕様書(FS):システムが実現すべき機能の詳細
  • 設計仕様書(DS):システム設計の詳細(必要に応じて)
  • IQ/OQ/PQプロトコル:各段階でのテスト計画と実施要領
  • トレーサビリティマトリックス:要件とテストの対応関係
  • バリデーション報告書:バリデーション活動の結果と評価 

これらの文書は相互に関連し、一貫性を持たせることが重要です。 

ユーザー要求仕様書(URS)の重要性

効果的なソフトウェアバリデーションの基盤となるのがユーザー要求仕様書(URS)です。URSはソフトウェアに求められる機能や性能、制約条件などをユーザーの視点から明確に定義する文書であり、後続のすべての文書の基礎となるため、十分な検討と承認を経て作成する必要があります:

  • 業務要件:ソフトウェアが支援すべき業務プロセスの詳細
  • 機能要件:システムが実行すべき具体的な機能
  • 性能要件:処理速度、同時ユーザー数、応答時間などの期待値
  • インターフェース要件:他システムとの連携や、ユーザーインターフェース要件
  • セキュリティ要件:アクセス制御、監査証跡、データ保護などの要件
  • 誤使用要件:合理的に予見可能な誤使用に対する保護要件
  • 規制要件:ER/ES指針などの法規制対応要件

URSは後続のバリデーション活動のベースラインとなるため、以下の点にも注意して作成します:

  • 曖昧な表現を避け、検証可能な形で要件を記述する
  • 要件の優先順位を明確にする
  • 関連する部門(品質部門、IT部門、ユーザー部門など)の承認を得る
  • トレーサビリティを確保するため、各要件に一意の識別子を付与する

適切に作成されたURSは、機能仕様書(FS)や設計仕様書(DS)など、後続の文書との整合性確認やトレーサビリティの確保に不可欠です。

IQ/OQ/PQアプローチの適用

従来型のバリデーションでは、以下の段階的アプローチが一般的です:

  1. インストレーション適格性確認(IQ)
    • ソフトウェア仕様と版の確認
    • ハードウェア/ソフトウェアが適切にインストールされているか確認
    • システム環境要件の確認
    • 必要なドキュメントの存在確認
    • セキュリティ設定の確認
  2. オペレーション適格性確認(OQ)
    • 機能仕様に対するテスト
    • セキュリティ機能(アクセス制御等)のテスト
    • エラー処理機能のテスト
    • データ整合性機能のテスト
  3. パフォーマンス適格性確認(PQ)
    • 実際の運用環境での検証
    • エンドツーエンドのビジネスプロセステスト
    • ユーザー受入れテスト(UAT)
    • 長期的な性能とストレステスト(必要に応じて)

各段階で実施すべき具体的なテスト内容は、ソフトウェアの種類とリスク評価に基づいて決定します。機器に搭載されているソフトウェアのPQは、ハードウェアのPQと同時に実施します。クラウドシステムの場合は、クラウドプロバイダーと利用企業の責任分担を明確にし、それぞれの範囲でバリデーションを実施することが重要です。
また各テスト段階では、ユーザー要求仕様書(URS)から機能仕様書(FS)、設計仕様書(DS)に至るトレーサビリティを確保することが重要です。GAMPでは、IQでは設計仕様書((DS)と一部の機能仕様書(FS)との整合性、OQでは機能仕様書(FS)との整合性、PQではユーザー要求仕様書(URS)との整合性を検証するVモデルを採用しています。トレーサビリティマトリックスを作成し、各要件がどのテストで検証されるかを明確にすることで、バリデーションの完全性を担保します。

市販パッケージソフトウェアのバリデーション効率化

市販の標準パッケージソフトウェアのバリデーションでは、ベンダーが提供する文書や実施したテストを有効活用することで効率化が図れます。具体的には:

  1. ベンダー評価と監査:ベンダーの品質システムが適切か評価
  2. ベンダーのテスト文書の活用:ベンダーのテスト結果を活用し重複テストを最小化
  3. 差分テストの実施:カスタマイズした部分や組織固有の使用方法に焦点を当てたテスト

ただし、ベンダー提供文書に過度に依存せず、自社で重要機能の検証は必ず実施することが必要です。

リスクアプローチによる効率化

バリデーションの効率化には、リスクアプローチが有効です:

  1. 機能の重要度分類:各機能をリスクに基づいて分類(高・中・低)
  2. テスト戦略の最適化:リスクレベルに応じたテスト深度の調整
  3. トレーサビリティマトリックス:要求事項と検証テストの紐付け

例えば、製品の品質、安全性に影響を与えるリスクが高い高リスク機能には包括的なテスト、中リスク機能には主要シナリオのテスト、低リスク機能には基本機能確認のみ、といった差別化が可能です。

ER/ES指針への具体的対応方法

真正性の確保

電磁的記録の真正性確保のために、以下の対策が必要です:

  1. セキュリティ管理
    • アクセス権限管理(権限に基づくアクセス制御)
    • パスワードポリシーの設定(複雑性、有効期限等)
    • 不正アクセス防止策(ログイン試行回数制限等)
  2. 監査証跡(Audit Trail)の実装
    • 「いつ、誰が、何を、なぜ」変更したかの記録
    • データの作成・変更・削除を自動的に記録
    • 監査証跡そのものが保護されていること
  3. タイムスタンプ管理
    • 日時情報の正確性確保(NTP等による時刻同期)
    • 時刻の自動記録と変更不可設定
  4. バックアップと復旧
    • 定期的なバックアップ実施
    • バックアップデータの検証と復旧テスト

ER/ES指針では、監査証跡が特に重要視されています。電磁的記録が確定された以降は、変更履歴を自動的に記録し、変更前のデータも保持することが求められます。

見読性の確保

電磁的記録の見読性確保のためには:

  1. 表示・印刷機能の確保
    • 人が読める形式での表示・印刷が可能なこと
    • 必要に応じて検索・並べ替え機能の提供
  2. データ変換方法の検証
    • データ出力・変換時の完全性確認
    • コード値等の意味が理解できるよう変換
  3. 長期保存フォーマットの考慮
    • 標準的な長期保存に適したフォーマット採用
    • フォーマット変換時の整合性確保

保存性の確保

規定された保存期間中、電磁的記録を維持するために:

  1. 保存期間の設定
    • 法令で定められた期間(医療機器の場合、一般的に製品の有効期間+5年間以上)
    • 特定保守管理医療機器は製品の有効期間+15年間
  2. 媒体の管理
    • 適切な媒体選択と定期的な媒体確認
    • 媒体の劣化対策と移行計画
  3. システム移行対策
    • バージョンアップやシステム更新時のデータ移行検証
    • 移行後の電磁的記録の同一性確認
    • 旧バージョンのデータへのアクセス対策

保存性確保では、長期にわたるシステム変更やテクノロジーの進化に対応できる柔軟な仕組みを構築することが重要です。

電子署名の実装要件

電子署名を使用する場合には、以下の要件を満たす必要があります:

  1. 署名者の識別と認証
    • 署名者の一意な識別
    • 適切な認証メカニズム(ID・パスワード、生体認証等)
  2. 署名情報の記録
    • 署名者の氏名
    • 署名日時
    • 署名の意味(レビュー、承認等)
  3. 電子記録との紐付け
    • 署名と電子記録の不可分な関連付け
    • 署名後の記録改ざん防止
  4. 署名の法的要件への対応
    • 「電子署名及び認証業務に関する法律」への適合
    • 必要に応じてタイムスタンプ認証等の利用

電子署名には、ID・パスワードによる単純な署名から、公開鍵基盤(PKI)を利用したデジタル署名まで様々な方式があります。リスクに応じた適切な方式を選択することが重要です。

クラウドシステム利用時の留意点

近年普及しているクラウドサービスを利用する場合の留意点は以下の通りです:

  1. オープンシステムとしての対応
    • インターネット経由のクラウドサービスは「オープンシステム」として扱われる場合が多い
    • SSL/TLS等による通信の暗号化やアクセス制御の強化が必要
  2. クラウドプロバイダーとの責任分担
    • 責任分担モデル(Shared Responsibility Model)の明確化
    • サービスレベル合意書(SLA)での保証内容の確認
  3. データの所在と法的要件
    • データの物理的保存場所(国・地域)の確認
    • 各国の個人情報保護法制への対応
  4. バックアップと事業継続性
    • プロバイダー側の障害対策の確認
    • 自社によるバックアップ戦略の策定

クラウドサービス利用時は、プロバイダーが提供する文書や認証(SOC2、ISO 27001等)を活用しつつ、自社の責任範囲を明確にしたバリデーション戦略が必要です。

バリデーション実施における課題と解決策

一般的な課題とその対応

医療機器企業がソフトウェアバリデーションで直面する一般的な課題と解決策は以下の通りです:

  1. リソースと専門知識の不足
    • 解決策:段階的バリデーション計画、外部専門家の活用、内部人材の育成
  2. 過剰なドキュメント作成
    • 解決策:リスクアプローチによる文書化レベルの最適化、テンプレートの活用
  3. ベンダーの協力不足
    • 解決策:契約段階での要件明確化、バリデーション支援サービスの契約化
  4. バリデーション範囲の不明確さ
    • 解決策:リスク評価による範囲の明確化、規制要件の正確な理解
  5. 変更管理とリバリデーションの負担
    • 解決策:変更影響度評価の仕組み構築、差分バリデーション手法の確立

リスクアプローチの実践

効率的なバリデーションを実現するリスクアプローチの実践方法:

  1. リスク評価の文書化
    • ソフトウェア機能ごとのリスク評価表の作成
    • リスク評価基準の明確化(影響度と発生確率)
  2. リスクに応じたテスト戦略
    • 高リスク機能:包括的なテスト(境界値、異常系含む)
    • 中リスク機能:主要な使用シナリオのテスト
    • 低リスク機能:基本機能確認のみ
  3. リスク軽減措置の文書化
    • 特定されたリスクに対する軽減措置
    • 軽減措置の有効性検証方法

このアプローチにより、限られたリソースを重要機能に集中させることができます。 

CSVからCSAへの移行

CSA(Computer Software Assurance)とは、FDAが2022年にドラフトガイダンスで提唱した新しいアプローチです。CSAは従来のCSVの形式的で文書中心の検証から、リスクベースの実質的な品質保証へと転換するものです。

CSAの本質:

  • 患者安全と製品品質への直接的な影響に基づくリスク評価
  • 批判的思考に基づくバリデーション活動の最適化
  • 形式的な文書作成より実質的なリスク低減に注力

CSVとCSAの主な違い:

  • テスト方法:詳細なスクリプト中心 → リスクに応じた柔軟な検証方法
  • 文書化:網羅的な文書 → 重要な意思決定と高リスク領域に集中
  • アプローチ:「すべてを証明する」→「リスクに比例した保証活動」

日本企業のための実践的アプローチ:

  1. 段階的導入: 低リスクシステムからCSA要素を導入し、経験を蓄積
  2. ハイブリッドアプローチ: 日本の規制環境に配慮し、従来のCSV文書体系を維持しながらCSA手法を取り入れる
  3. リスク評価の強化: 明確な基準に基づく客観的なリスク評価プロセスの確立
  4. レバレッジの活用: ベンダー提供文書やテスト、既存テスト結果の効果的活用
  5. 社内QMS文書の調整: CSAアプローチに対応した社内手順書の更新

規制対応の観点: PMDA公式のCSAガイダンスはありませんが、リスクアプローチ自体は推奨されています。グローバル展開企業ではFDA対応のためにCSA導入を進めつつ、日本向け製品については当局との事前相談や業界動向を踏まえた慎重なアプローチが望ましいでしょう。

CSAへの移行は単なる方法論の変更ではなく、「規制対応のための活動」から「真の品質向上に貢献する活動」への意識改革を伴う重要な変革です 

PMDA査察対応と監査のポイント

PMDA査察におけるソフトウェアバリデーション確認項目

PMDA(医薬品医療機器総合機構)によるQMS調査では、ソフトウェアバリデーションについて以下の点が重点的に確認されます:

  1. バリデーション手順の文書化
    • バリデーションに関する手順書の存在と適切性
    • 手順書に基づいたバリデーション実施の記録
  2. リスクに基づくアプローチ
    • リスク評価の実施と文書化
    • リスクに応じたバリデーション範囲の設定
  3. 記録の完全性
    • バリデーション計画書と報告書の整合性
    • テスト結果の適切な記録と承認
  4. 変更管理とリバリデーション
    • 変更の影響評価とリバリデーションの判断根拠
    • 再バリデーションの適切な実施
  5. ER/ES指針への適合性
    • 電子記録・電子署名の信頼性確保
    • 監査証跡の適切な実装と運用

一般的な指摘事項と対応策

実際の査察で指摘される主な事項と対応策は以下の通りです:

  1. バリデーション計画の不十分さ
    • 対応策:リスク評価に基づく包括的なバリデーション計画の策定
    • バリデーション対象範囲の明確化
    • 計画書のレビューと承認プロセスの強化
  2. テスト結果の不適切な記録
    • 対応策:テスト結果の詳細記録と根拠の明確化
    • スクリーンショット等の証拠の系統的な取得
  3. 監査証跡機能の不備
    • 対応策:監査証跡機能の要件確認とテスト強化
    • 定期的な監査証跡レビューの実施と記録
  4. 変更管理の不備
    • 対応策:変更管理手順の見直しと厳格な運用
    • 変更影響評価の文書化の徹底
  5. クラウドサービスの管理不足
    • 対応策:クラウドプロバイダーの評価と管理強化
    • 契約内容の見直しと責任分担の明確化
    • プロバイダーの変更

効果的な査察対応の準備

PMDA査察に効果的に対応するための準備:

  1. バリデーション文書の体系化
    • 文書間の相互参照と整合性確保
    • トレーサビリティマトリックスの整備
  2. 自己点検の実施
    • ER/ES指針の要件に基づく自己点検
    • 定期的なシステム監査と是正
  3. 査察対応シミュレーション
    • 模擬査察の実施
    • 質問への回答準備と担当者訓練
  4. 証拠資料の整理
    • 重要な決定の根拠文書の整理
    • タイムラインに沿った文書の整理

効果的な準備により、監査での指摘事項を最小限に抑えることが可能です。 

事例研究:ソフトウェアバリデーション実施例

文書管理システムのバリデーション事例

あるクラス III 医療機器製造業者が市販の文書管理システムを導入した事例:

背景

  • 紙ベースのシステムからクラウド型文書管理システムへの移行
  • GXP文書と非GXP文書の両方を管理

アプローチ

  1. リスク評価:文書の種類とリスク分類
  2. ベンダー評価:クラウドプロバイダーのセキュリティ認証確認
  3. バリデーション範囲:高リスク機能(承認ワークフロー、バージョン管理等)に集中
  4. テスト戦略
    • IQ:インストール/構成設定確認
    • OQ:主要機能テスト
    • PQ:エンドツーエンドのビジネスプロセステスト

成功要因

  • 明確なリスク評価に基づく効率的なバリデーション
  • ベンダー提供文書の有効活用
  • ユーザー部門の早期関与
  • 非GXP文書管理の最適化

製造実行システム(MES)のバリデーション事例

クラス II 医療機器製造業者が製造工程管理のためのMESを導入した事例:

背景

  • 手作業による製造記録からMESへの移行
  • 重要工程パラメータのリアルタイム監視要件

アプローチ

  1. プロセスマッピング:既存の紙ベースプロセスの詳細分析
  2. リスク評価:製品品質への影響度に基づく機能評価
  3. 段階的実装とバリデーション
    • Phase 1:基本製造記録機能
    • Phase 2:工程管理機能
    • Phase 3:データ分析機能
  4. 並行運用:移行期間中の紙とMESの並行運用とデータ比較

課題と解決策

  • インターフェース問題:設備連携のテスト強化
  • パフォーマンス問題:負荷テストによる早期発見
  • ユーザー受容:トレーニングプログラムの強化

クラウドベースQMSソフトウェアのバリデーション例

クラス I/II 医療機器製造業者がクラウドベースの統合QMSシステムを導入した事例:

背景

  • 複数の独立したシステムから統合QMSプラットフォームへの移行
  • CAPA、苦情、不適合製品、変更管理等の統合

アプローチ

  1. クラウドプロバイダーの評価
    • セキュリティ認証(ISO 27001、SOC 2等)
    • サービスレベル合意書(SLA)レビュー
  2. 責任分担モデルの確立
    • プロバイダー責任範囲:インフラ、セキュリティ
    • 自社責任範囲:構成、データ、アクセス権管理
  3. バリデーション効率化
    • プロバイダー提供のバリデーションパッケージ活用
    • 自社固有の構成とワークフローに集中したテスト

ポイント

  • クラウド特有のリスク(データ所在、可用性等)への対応
  • 継続的なアップデートへの対応戦略(変更影響評価プロセス)
  • 不適合製品管理の強化
  • ER/ES指針への適合確認の徹底

まとめと今後の展望

ソフトウェアバリデーションの重要ポイント

医療機器QMSにおけるソフトウェアバリデーションの成功には、以下の要素が不可欠です:

  1. リスクアプローチ:限られたリソースを効果的に活用するため、リスクに基づいた範囲と深度の設定
  2. 規制要件の正確な理解:QMS省令、ER/ES指針等の要件を正確に理解し、適切に適用
  3. プロセス志向:単なる文書作成ではなく、製品品質とプロセス改善に貢献するバリデーション活動
  4. 継続的アプローチ:導入時だけでなく、変更管理とリバリデーションを含む継続的な取り組み
  5. 組織的取り組み:IT部門だけでなく、品質部門とユーザー部門の協働


あらためて、医療機器QMSにおけるソフトウェアバリデーションは、単なる規制対応ではなく、製品品質の確保と患者安全を支える重要な活動です。リスクに基づく効率的なアプローチにより、コンプライアンスを確保しながらも、イノベーションを促進する環境を整えることが重要です。

ソフトウェアバリデーション実施のためのチェックリスト

以下のチェックリストは、医療機器QMSソフトウェアバリデーションの主要なステップを網羅しています:

計画段階

□ バリデーションポリシーと手順書が整備されている
□ ソフトウェアの分類とリスク評価が完了している
□ バリデーション計画書が作成され、承認されている
□ 責任者と実施体制が明確になっている
□ スケジュールとリソースが確保されている

実施段階

□ ユーザー要求仕様書(URS)が作成され、承認されている
□ 機能仕様書と設計仕様書が適切に文書化されている
□ リスクに基づくテスト範囲と深度が決定されている
□ IQ/OQ/PQプロトコルが作成され、承認されている
□ テスト実施者と承認者が明確に分離されている
□ テスト結果の記録と逸脱管理が適切に行われている

ER/ES指針対応

□ 真正性確保の仕組みが実装されている
□ 見読性確保の機能が確認されている
□ 保存性確保の方策が整っている
□ 監査証跡機能が適切に実装されている
□ アクセス権限管理が適切に設定されている
□ 電子署名の要件を満たしている

完了・運用段階

□ バリデーション報告書が作成され、承認されている
□ 未解決の逸脱事項の影響評価が完了している
□ トレーニング計画と実施記録が整備されている
□ 変更管理とリバリデーション手順が確立されている
□ 定期的なシステムレビュー計画が策定されている
□ バックアップと復旧手順が確立され、テストされている

このチェックリストは、各組織の状況や対象ソフトウェアの特性に応じてカスタマイズすることをお勧めします。

QMS業務無料レポート配布中

回答する